仕事を辞めて数か月がたったので今の心境や経済状況について書いてみようと思います。
仕事を辞めたいと思っている人は、何かしらのつらいなーと思うことを抱えているんでしょうか?
わたしもそうでした。
わたしの場合は、激務と夫の病気のことでいっぱいいっぱいになり、無計画に仕事をやめて今に至ります。
あのまましごとを続けていれば、少なくとも今のようにお金のことで不安になることはなかった。けれど、どんどん自分のことを嫌いになっていってたんだろうなーと思います。今日はそんな話です。
わたし(33)人生で一番の経済的安定と精神的疲労を味わう
地元へのUターンや結婚、夫の転勤などで職を転々としてきたわたし。
飲食店を経営したり、猛勉強して保育士になったり、かと思えば結婚してパート労働者になり、くるみ工場で走り回ったり。落ち着かない日々でした。いつも貧しくて、でも貧しいなりに、仕事の傍らでイラストや織物など、ライフワークだと思えることに打ち込んで、そっちでもお金をいただけるようになってきて。充実していました。
でも、この2年間は控えめに言っても地獄だったー。
この2年間、わたしは小学校の教員として働いていました。この期間はわたしの人生で最も経済的に安定していた日々だといえます。
それまでは自営だったりパートだったりしたので、毎月同じ額のお給料をもらえること、ボーナスというものをもらえることが、本当にありがたかった。同じくらいの歳の人と比べたら少ないのかもしれないけど、充分でした。
でも、本当につらかったし、つらかったことを人に言えなかった。
わたしの夫は数年前に激務のため体調を崩し、いまも療養中です。わたしは夫との暮らしのために、それまでの(ライフワークを続けながら、でもそれだけでは食べていけないのでパートで補うという)働き方を捨てて教員として働く道を選びました。
慣れない仕事に戸惑ったり忙しさにまいったりもしたけれど、子どもたちはかわいいし生活のためにもがんばろうと思い、はじめは順調でした。
けれど、徐々に追い詰められていきます。
ハードワークと夫の不調が同時に押し寄せてくる。逃げ場がない。相談できる人もいない。どんどん息苦しくなっていき、出口のない暗い部屋に閉じ込められているような、そんな感覚。
周りからは普通に見えたと思います。難なく仕事をこなして、夫の病気にも負けずに明るくふるまう妻を演じていたから。仕事の帰り道、車を停めて泣きながら煙草に火をつけます。「家に帰ったらどんなに疲れていても、どんなに夫の体調が悪くても、平常心でいよう。」
そのうちに、わたしはあることに気づいてしまい退職と引っ越しを決意します。
あることとは、わたしの辛さの正体です。
それまでわたしは、わたしの辛さの原因は、ハードワークと夫の病気にあると思っていました。だから、なるべく仕事をスムーズにこなせるように努力したし、夫が気分よく暮らせるように配慮していました。けれど、どうがんばってもわたしの辛さを取り除くことはできません。わたしが努力したぶん夫の調子がよくなるわけでもありません。精神的にきつい根本的な原因は仕事でも夫でもないことに気づいたのです。
では何がわたしを苦しめていたのか。それが自分自身だと気づいたとき、決意するでもなく自然と、あぁもうこんな生き方はやめよう、一度逃げてでもやり直そうと思いました。
わたしは、頼まれてもいないのに夫のために自分を犠牲にして、勝手に夫のせいにして、ひとりでつらくなっていました。知らない土地で教員として働く。自分が決めたことへの責任を負わずに、夫の病気のために我慢していると「夫のせい」にしていたのです。経済的には楽になったけれど、知らず知らずのうちに、夫のことも自分のことも追い詰めていました。
そうか。私は自分で選べてなかったのか。彼のせいにして我慢して働いて、自分のこと嫌いになりそうでつらいのか。この仕事が嫌いなわけではない。でも、夫との生活のために自分をすり減らすのはおかしい。もっと自分で選びたい。今までのように。
思い出した。わたしはわがままで、頑固で、何でも自分で考えて決めたい人。自分の大事なところだけは人にゆずらない。大好きな夫にも。
そして無職になった今。
貧しい暮らしに戻ってしまい不安はあるけれど、なんというか目に見えて景色がやさしい。ここからまたやり直しです。
失敗ばかりの33年だけど、少し愛しいぞ~
本当につらいなら逃げてもいい。自分を甘やかしてもいい。自分の人生だ。人生はずっと暇つぶしだ。楽しくいこう!
ただ、無職になって改めて思うのは、お金って減るのはあっという間。引っ越し、保険、年金、嗚呼!少ない給料のわりに貯めたんだけどなぁ。
良いアドバイスはできませんが、みなさんが苦しくても自分の人生手放しませんように!共にいきましょう~